mRNA vaccine

2021年7月7日
モデルナ社製のメッセンジャーRNAワクチンを
職域接種してきました
 
かつての世界大戦を遥かに超える死者を数え
今現実に人類が直面している危機に対する
壮大な社会実験でもあるワクチン接種
 
人工物を体内に入れることに対しては
いろいろな考え方があると思います
 
私は
人間の叡智を信じて
この危機を乗り越えることにしました
 
翌日に筋肉痛
翌々日に発熱
 
体の免疫機能が
順調に働いているようです
 

明けない夜はない


 
お取り寄せでお願いしていた
宮城県石巻市の純米吟醸酒
日高見「希望の光」
が届きました
 
日高見は
仙台時代に
僕が最も好きだったお酒です
 
蔵元・平孝酒造さんは
東日本大震災で壊滅的な被害を受け
当時仕込み中であった醪(もろみ)も
長期間の停電により温度管理ができず
廃棄を決めたそうです
 
しかし
残った醪を絞ってみると
深みのある思わぬ味わいを醸したことから
被災してわずか翌月に
日高見「希望の光」
として出荷したところ
全国からの注文とともに
復興への応援の声が殺到し
震災復興の原動力となったそうです
 
その後は
このお酒への強い敬意の念から
再販されることなく封印されました
 
そして
震災から十年の節目を迎えた今年
新型コロナウイルスによって
再び厳しい環境に陥った
この難局を乗り越えるため
日高見「希望の光」
の封印を解くことにされたとの由
 
届いた四合瓶には
「明けない夜はない」
とのラベルが貼られていました
 
一年以上続いたウイルスとの戦いも
あともう少し
 
一日も早くコロナの夜明けを迎えられるよう
そして震災で被災された方々への哀悼の意と
仙台でお世話になった方々への感謝の気持ちを捧げつつ
この奇跡のお酒を美味しくいただこうと思います 
 

魔物の棲み家

渋谷駅で 
半蔵門線からJRに乗り換えるには
ここKINOKUNIYAを通り抜けるのが
最速ルートとなる
 
ところが
ここには心惑わす魔物が棲んでいる
 
ひんやりとした閉鎖空間に
金属製の容器に収められた液体が並んでいる
そしてこれを手に取りひとたび口にしたら
もう後戻りできないのだ
 
そして
今宵もまた
この誘惑を断ち切れず
350mlほどの悪魔の液体を手に
ライナー号の乗り場に向かって
エスカレーターを上がっていく
ワタクシがいるのでR

信仰の原風景


 
コロナ禍で
巣篭もり中にYouTubeを見る機会が増えました
 
読書が苦手な僕にとってYouTubeは
いろいろなことをリアルに教えてくれる
優れたメディアです
 
先日
そのYouTubeで
ある動画に出会いました
 
読経と音楽との融合
 
僕には
どうも信仰心というものが備わっていないようで
宗教や信仰というものもよく分からなくて
とても遠い存在です
 
しかしながら
この動画を見ていて
何かを信じるという人の心の動きが
少し理解できたような気がしました
 
人間は感情の動物
宗教の教義とか経典の意味なんて
みんな最初から理解しているわけではなく
家々に伝わるしきたりとか家庭環境とか
あるいはその周囲にある独特な雰囲気とか
そういったところから
なんとなく心を動かされて関心を深め
そして理解を深めていくのではないかと
 
歌っているお坊さんはともかく
オーディエンスの方々の仕草や表情などを見ていて
いにしえの人々の心の動きを今風に置き換えると
おそらくそんな感じだったのではないかと
得心した次第であります 
 
 

二枚の年賀状

今年二月に
親父が他界したので
そろそろ喪中の葉書を書かなくてはと
 
念のため母親に電話してさらに念のため
親父が出していた方々にも出すよう伝えたところ
 
「大丈夫、お父さんの年賀状二枚だけだから」と
 
思わず笑ったけど
歳をとるとはそういうことなんだと
 
おそらくだけど
親父は毎年二枚の年賀状を書いて
並べて少し眺めてから
母親の出す年賀状の束の真ん中あたりに
忍ばせていたのだろうなと
 
歳をとるとはそういうことですね
 

さよなら、NTT。

マンションに
NURO光が導入されることになりました

我が鵠沼ベースは
中古マンションを買って
スケルトンリフォームをしたので
電話線を収納する配管経路が
変わってしまっていました
 
NUROの工事業者さんが
一度はギブアップされたのですが
本日リフォーム業者さんが来てくださり
当時の工事内容から配管ルートを探し当てて
無事開通させることが出来ました
 
毎月の通信コストを下げられた一方で
回線速度は爆速10倍になりました
 
そしてNTTとサヨナラしました
 
もう電話って
NTTじゃなくていいんですね
今となっては当たり前なのかもしれませんが
昭和40年男には感慨深いものがありました
 

アコギ

最近
YouTubeで
音楽系のチャンネルを
よく見るようになりました
 
ダラダラと聴いているだけでも感化されて
自分でも弾いてみたくもなるものですね
 
ガキの頃に買ったアコギを引っ張り出してきて
久しぶりにチューニングしてみました
 
昔よく練習した運指どころか
右手のスリーフィンガーなんかも
指が忘れちゃっててうまく動かない
 
少し練習したら何とかなりますかね・・
 

モハの窓

最近
この手の窓が並ぶ電車って
めっきり少なくなったかも
 
窓の下枠の左右にある
固着気味のラッチ金具を強く握って
下から上にヨイショって感じで開ける
電車窓
 
なんとなく
無性に開けてみたくなって
車内換気のフリをして開けてみた
 
猛烈なモーターの唸り声とともに
モワッとした外気が勢いよく飛び込んでくる
 
・・・
 
「窓から手や顔を出してはいけません」
 
それでは
ということで
足やお尻を出そうとして
こっぴどく叱られるというルーティンは
遠い夏の日の花火でしょうか

普通列車

今まで
普通に走っていてくれて
ありがとう
 
間引きとか
繰上げとか
言われていたけれど
 
いつも通り
普通に走ってくれることが
どれだけ頼もしかったことか
 

テーラーマスダの終焉

tailor_masuda
  
父親が他界しました
 
亡くなる数日前
急に体に力が入らなくなったと言って
かかりつけの病院へ
MRI検査をするも脳には異常がなく
とりあえずは経過を見ましょうということで
入院となりました
 
その週末に
カミさんと一緒に
バレンタインのチョコレートを持って
見舞いに行きました
 
いつもの通り顔色は良くて
それでも確かに力は入らないようで
声がかなり聴きとりにくくなっていました
 
「ここは空気が薄いな・・・でも
もしこれがお迎えだったとしても
悔いはないよ」
 
弱気の虫が出てるなと思いながら
「また来るよ」
と言って病室を出ました
 
帰宅後
そろそろ寝ようかと思っていたところ
母からの電話が鳴り
病院から呼び出しがあったとのこと
終電に近い東海道線に乗って
もう一度病院へ向かいました
 
蘇生を受けたようで
酸素マスクに繋がれていて
その後は言葉を交わすことは
叶いませんでした
 
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紳士服の仕立職人として
頑固でへそ曲がりで
めんどくさい親父でしたが
最期だけは
人様にさほど迷惑を掛けることなく
息を引き取りました
 
あまり昔語りをしないので
よくわからないところもあるのですが
時代の綾で
国民学校を出てすぐに親弟妹を背負わざるを得ず
常に自分を犠牲にして生きてきたようです
 
子供の頃からよく
「おいタカシ、これちょっと読んでくれ」とか
「おいタカシ、これちょっと書いてくれ」とか
言われていたので
読み書きはあまり得意ではないと思っていました
 
ところが
葬儀屋さんから
「一緒に棺に納めるものがあれば
準備しておいてください」
と言われて
親父が戸棚の奥に仕舞っていた
ダンボール箱を開けたところ
中から一冊の古いノートが出てきて
びっくり
 
背広を仕立てるために
几帳面に描かれたいくつもの裁断図と採寸記録
そしてそれらは
英語で記されていたのです
 
専門用語だけなので
単語の種類も限られているのですが
薄い鉛筆を使って
丁寧な筆記体で書かれていました
 
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葬儀は
田端から程近い
お寺さんの式場を借りて執り行いました
近しい方々に集まっていただいて
こじんまりとしたなかなかよい式になりました
 
会葬いただいた親戚の方が
「このコートね
父から譲ってもらったんだけど
おじさんに仕立ててもらったんだよ
今でもすごくしっかりしてて
流石だよね」
ってわざわざ着て来てくださって
  
もう四、五十年以上も前に
仕立てたコートなのに
本当にしっかりしていて
またびっくり
 
どうも
仕立職人としての腕は
確かであったようです
 
合掌