
今更
CDプレーヤーを買いました
もうあまり売ってないんですね
スピーカーもついてて
ジャケ写も飾れて
けっこうツボってます
サブスクもいいんだけど
CDにはデジタルデータにはない
なにやらアフォーダンス的なものが
宿っているような気がします
要すれば
歳をとったということでしょうか
アナログの凄み
オールド・セイコー

左は
僕が中学生になったお祝いに
初めて買ってもらった腕時計
当時腕時計なんて
大人の象徴みたいなモノだったから
普段使いはしてなくて
何か行事のあるハレの日に
気張ってはめていく感じだった
最初この時計には
黒い革のベルトが付いていて
デザインもすごく地味だったから
厨坊であった僕としては
なんとなくジジ臭いなぁと
内心思っていた
周囲は
デジアナやら
アナデジやら
喧しい時代で
そんなのをはめている友達が
正直少し羨ましかった
それでも
高校生くらいまでは
お世話になったかな
電車バスでの通学だったから
腕時計は必需品になり
コンプレックスだった黒革ベルトを
金属ベルトに替えて
毎日ガシガシ使っていた
大学生になると
バイト代とかで
安物の吊るしの時計くらいは
自力で買えるようになって
当時流行ったムーンフェイスとか
ちょっと洒落たヤツを
はめていたような気がする
その後
社会人になってからも
軽薄時計の時代が続いて
この時計は
僕の左腕から
遠ざかっていった
風防ガラスは傷だらけ
いつの間にか文字盤には
錆が浮くようになり
電池も替えずに
ずっと引き出しの奥で
止まったままだった
この時計が
再び陽の目を見たのは今年の春
鵠沼ベースに引っ越してきて
いろいろな持ち物を
断捨離していた時
お世話になった時計だし
数えてみれば
40周年を迎える
節目の年でもあるので
時計屋さんへ持って行って
診てもらうことにした
時計屋さん曰く
電池は取り替えておきましたと
中の機械は大丈夫ですと
でも
風防や文字盤の修理は無理ですと
もう部品が手に入りませんと
まあ
そうだよね・・・
今では
メカニカル(機械式)であることが
高級時計の条件みたいになってるけど
この時計を買ってもらった頃は
クォーツが出たばかりで
クォーツが偉かった
クォーツがなにしろ偉かった
この頃のクォーツは
秒針がインデックス(目盛り)の上で
ピシッと止まるような設計になっていて
その精確でキレのある潔い動作に
当時の少年はシビれたのでR
もう
あの感動は
蘇らないよね・・・
と思っていたところ
奇跡的に
この時計のデッドストックに
巡り会った
それが右
シリアルを見ると
左のモノよりも少し新しく
曜日カレンダーがついたり
改良が施されていて
もちろん秒針は
インデックスの上で
ピシッと止まる
件の黒革ベルトは
流石にボロボロになっていたので
速攻で明るい色の革ベルトに替えて
ぐっとイイ感じになった
40年前のモノとは思えない
ピカピカの新品
しかもプライスタグまで残っていて
当時の実家のキビシイ経済状況からすると
相当無理して買ってくれたことが
図らずも判明した
そしてもはや
このジジ臭かった時計よりも
これをつける僕の方が
ずっとジジ臭くなっていることは
言うまでもない
サーフブレイク・フロム・ジャマイカ



中古レコードを買った
40年前
ジャマイカのモンテゴベイの
ビーチで録った
波の音
ただ
波の音だけが
収められている
制作は
写真家:浅井慎平
ライナーノーツによれば
ロンドンのショップで
偶々出会ったレコードの
ジャケット写真に触発されて
彼の地へ向かったとの由
当時のジャマイカは
政情が不安定で治安も悪く
リゾート気分で行くことなど
許されなかった
それでも
日本からはるか遠く
カリブ海に浮かぶ島々への
憧憬は
一人の写真家を
突き動かすのに
十分なエネルギーを
持っていたのだと思う
その後
彼は日本に
レゲエを持ち込む
二拍子の
乾いたリズムから
政治色の強いメッセージを
繰り出すレゲエは
四畳半フォークの湿気に
辟易していた日本人にとって
衝撃的であったはず
おそらく
異文化の受容とは
こうして生まれるのだ

