
ある朝
妹からTELがあった
母を担当してくれているデイサービスの方から
インターホンで呼んでも母が出て来ないとの
連絡をいただいたと
合鍵の場所をお伝えし
部屋に入っていただいたと
母は部屋の中で倒れていて
息をしていないかもしれないと
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電車で
母の住む公団へ向かった
妹夫婦はすでに到着していた
担当のケアマネさんも駆けつけて
われわれの到着を待っていてくれた
救急隊はAEDなど蘇生を施したが
反応がなく既に引き揚げていて
数名の警察官が現場検証をしていた
その後
遺体は検死のため
グレーのビニールシートに包まれ
ステンレスで囲われたバンの荷室に載せられて
警察署へ搬送された
母を看取るのは
暖かく柔らかい布団の上か
せめて病院のベッドの上であろうと
勝手に思い込んでいた
無念さに
涙さえ出ず
立ち尽くすしかなかった
警察官から
明日の午前10時過ぎに
迎えに来て欲しいと言われた
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翌日
妹と共に警察署へ出向き
監察医から説明を受けた
彼によれば
脳脊髄液は清明だったが
心嚢に血腫が認められており
心筋梗塞か大動脈解離による死亡
との見立てだった
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母とは
ちょっとした用事があって
2日前に会ったばかりだった
相変わらず
短期記憶が弱っているものの
コミュニケーションは全く問題なく
バスに乗り遅れないよう
走り出すほど元気だった
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そんな母も
5年前に父を亡くしてからは
ひとりでいることが淋しいと
口にするようになった
しかし母は
われわれに迷惑を掛けぬよう
ひとりで頑張っていた
食卓の上に
解きかけのクロスワードと
芯の丸くなった短い鉛筆が
残されていた
どんな気持ちで
枡目を埋めていたのかを想うと
胸が締め付けられる
一緒に暮らしたり
近くに暮らしたり
してこなかったことが
悔やまれる
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母が元気であることをいいことに
出来たはずの孝行を先延ばしにしてきた
卑怯な倅がひとり
ここにいる
