
SF映画は
無理な設定が気になって
あまり得意ではないけれど
このINTERSTELLARには
惹かれるものがある
自分には
知らなければならないことや
学ばなければならないことが
多く残されていることに
気づかされる
ラザロ計画を推進するNASAは
カミカゼの夢を見るのだろうか
卑怯者

ある朝
妹からTELがあった
母を担当してくれているデイサービスの方から
インターホンで呼んでも母が出て来ないとの
連絡をいただいたと
合鍵の場所をお伝えし
部屋に入っていただいたと
母は部屋の中で倒れていて
息をしていないかもしれないと
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電車で
母の住む公団へ向かった
妹夫婦はすでに到着していた
担当のケアマネさんも駆けつけて
われわれの到着を待っていてくれたらしい
救急隊はAEDなど蘇生を施したが
反応がなく既に引き揚げていて
警察官が現場検証をしていた
その後
遺体は検死のため警察署へ搬送された
明日の午前10時過ぎに
迎えに来て欲しいと言われた
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翌日
妹と共に警察署へ出向き
監察医から説明を受けた
彼によれば
脳脊髄液は清明だったが
心嚢に血腫が認められており
心筋梗塞か大動脈解離による死亡
との見立てだった
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母とは
ちょっとした用事があって
2日前に会ったばかりだった
相変わらず
短期記憶が弱っているものの
コミュニケーションは全く問題なく
バスに乗り遅れないよう
走り出すほど元気だった
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そんな母も
5年前に父を亡くしてからは
ひとりでいることが淋しいと
口にするようになった
しかし母は
われわれに迷惑を掛けぬよう
ひとりで頑張っていた
食卓の上に
解きかけのクロスワードと
芯の丸くなった短い鉛筆が
残されていた
今思えば
一緒に暮らしたり
近くに暮らしたり
してこなかったことが
悔やまれる
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母が元気であることをいいことに
出来たはずの孝行を先延ばしにしてきた
卑怯な倅がひとり
ここにいる
泣ける動画
教会
オトナ買い

書店から
片岡義男の赤い背表紙が消えて久しい
ガキの頃
角川文庫の書棚では
何十センチメートルもの幅を利かせていた
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形あるものに対する
諄いほどに繰り返される精密な描写が
結構好きだったりする
登場人物が織りなす
オトナの世界にも憧れた
でも
自分が通り過ぎてきた現実の世界は
そんな瀟洒な情景からは程遠い
ドタバタした悲喜劇の繰り返しだった
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在宅勤務の日には
缶ビールの蓋を開けるタイミングも早くて
それに釣られて
寝床に入る時間も早い
そんな日は
決まって真夜中に目が覚めてしまうから
古本独特のカビ臭い赤い背表紙を手にして
次の眠気を待つことになる
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苦手だった読書も
悪くないなと思えるようになってきた
この歳になって
ようやくガキから
多少はオトナになったっちうことか
補助記憶装置

アルツハイマー病による認知障害は
アミロイドβというタンパク質が
脳内に溜まることによって起こるという
母も
日常生活や会話は全く問題ないのに
歳を重ねるにしたがって物忘れが多くなり
とりわけ短期記憶の衰えが著しくなっている
本人も
それを自覚しているから
周りに迷惑をかけないよう
メモや日記などをつけている
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昨年の今頃
認知障害の進行を抑制する薬として
レカネマブという薬が発売され話題となった
その効能は比較的穏やかな反面
脳内出血などやや心配な副作用もあって
治療を受けようかどうか迷ったものの
とりあえずこの薬が適応となるかどうかの
検査までは受けてみようということになった
PET検査という大掛かりな検査を受けて
医者にその結果を聞きにいったところ
「残念ながらこの薬での治療はできません」
とのこと
その理由は
母の脳内にアミロイドβが
さほど溜まっていないからだという
これが残念なことなのかどうかはともかく
海馬という脳の一部が年相応に萎縮していて
これが物忘れが進んでいる原因ではないか
とのことであった
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海馬は
脳内で唯一再生が見込めるという説もある
そのためにはストレスのない生活や栄養の摂取
適度な刺激が有効という
そこで僕と妹で
折を見ては顔を出すようにし
叶わなければ電話をかけるようにしている
来年のお年玉は
短期記憶を少しでも補えるよう
何でも書き込める大きなカレンダーと12色マジック
そして楽しかったことをそのまま写せるチェキを
贈ることにしてみた
三宅坂ジャンクション
氷川丸

カミさんが
中華街へお粥食べに行きたいという
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特別行政区国家安全維持法によって
自由を奪われる前の香港を
旅行したことがある
アジア特有の猥雑感に包まれながらも
人々は自信に満ち
街は活気に溢れていた
そして旅の思い出も
美しくてお美味しいことばかり
久しぶりの中華粥もイイかもね
ということで
Facebookのカバー写真も
香港島のスナップに変えてみた
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今の香港は
果たしてあの頃の輝きを
守っているのだろうか
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お気に入りの謝甜記で
海鮮粥をいただいたあと
株優でいただいたチケットで
氷川丸へ
まだ旅客機が無かった頃
日本人はこの氷川丸が就航していた
横浜シアトル航路を通じて
世界の最先端を知ろうとしていたはずだ
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戦争という不幸を経て
日本はここまでやってきた
大きな
歴史の流れの中で
一人の人間の人生など儚い
それでも
ありがたいことに
自由の中に授かった人生は
できるだけ悔いのないように
使わせていただく
天晴
暑い日曜の午後は

あぢ〜
暑すぎて海もヤバそう
そんな暑すぎる日曜の午後は
キンキンに冷えた金麦をいただきながら
カラダを重力に逆らわないカタチに整えて
ユルユルとラヂオなどを聴いております
かねてより
日曜の午後といえば
コーセー歌謡ベストテン
山下達郎のサンデーソングブック
福山雅治のスズキトーキングエフエム
松任谷由美のサウンドアドベンチャー
と流れつつ
夜にはサザエさん症候群に突入し
翌朝ブルーマンデーを迎えるというのが
ルーティーンでした
ただ
今と違うのは
ラヂオはリビングではなく
クルマで聴いてたなということ
日曜の午後まで目一杯遊んだ帰り道
渋滞に嵌って低くしかし強烈な西陽を浴びながら
ユーミンのガチ重めの恋愛相談を聴いて
気怠さが確実に増していくような
あの感覚が懐かしいです
39年目の金
賞味期限

月に一度くらい
母が暮らす公団を訪れている
親父が亡くなってから
四年が経った
喧嘩が絶えなかった筈なのに
今では一人暮らしが淋しいと言う
おかげさまで
体は丈夫で足腰も強く
一人暮らしは問題なくて
いつ訪ねても
部屋は綺麗に整っている
一方で
アタマの方は
年相応に衰えてきていて
とりわけ短期記憶がちょっと厳しい
それは本人も自覚していて
自分が他人様に迷惑を掛けていないかを
いつも気にしながら暮らしている
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いままで折々に
おひとりさま向けの食材を送っていた
一度で食べ切れないような食材は嫌だろうから
食べきりサイズで
毎回チンすれば良いようなもの
海のものや
山のものが
少しづつ楽しめるようなものを
送っていた
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先日
公団を訪ねたとき
たまたま
冷蔵庫をあけると
賞味期限の切れた食品が
ストックされていることに気づいた
特に調味料なんかは
もう何年も前に
賞味期限が切れたものを
使っていた
おなかでもこわされたら
大変だから
これさ
ちょっとヤバいから
捨てておくよ
と言って処分してきた
僕が送った食材も
カチカチに凍ったまま
とっくに賞味期限が切れていたので
一緒に処分してきた
あら
気がつかなかったわ
と母も笑っていた
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その晩
母から電話があった
あれ
ほんとに捨てちゃって
いいのかしら・・
もったいなくて
大事にとっておいたんだけど
ごめんね・・
と母は泣いていた
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いいの
いいの
また送るから
カラダが一番だし
と応えたけど
賞味期限とは
そのひとによって様々なんですね
少し
反省いたしました


