
最近では
音楽はもっぱら
スマホでSpotify(無料版)から
イヤホンやBluetoothスピーカーに繋いで
聴いています
先日久しぶりに
自分の部屋のステレオから
インターネットラジオを聴こうと思って
ある異変に気がつきました
ネットワークプレーヤーは
インターネットラジオのディレクトリサービス
即ち初期のyahoo!みたいな分類サイトに接続して
聴きたい音楽のジャンルやエリアを選択していく
仕組みになっています
えーと
とりあえずズージャ系でダラダラいこうかなと
いつも通りディレクトリを
Genre>Jazz
と辿ろうとしてもなぜかうまく進まなくて
その代わりに$3とかdonationとか
今まであまり見たことのないワードが
出てきます
これってさぁ
もしかして
「お金を払ってね」
ということ?
まあ
金額的には
受ける恩恵と比べれば
全然安いんだけど
今まで言われたことないのに
いきなり寄付しろとか
決済情報を入力しろって言われるのには
ちょっと抵抗があるなぁと
そこで
我が家のネットワークプレーヤーは
当面ただのCDプレーヤーとして
使うことになりました
メーカーのサイトには
「対象モデルをご利用のお客様におかれましては、インターネットラジオ局データベースサービスの将来にわたる継続提供を弊社では保証できかねること、何卒ご理解を賜りたくお願い申し上げます。」
と後付けで書かれていて
事情の変更によるリスクは
ユーザー側に振るようです
メーカーにとっても
寝耳に水の出来事だったのかもしれず
やむを得ない感もあるけれど
ネットに組み込まれた利権が絡む仕事
所謂プラットフォーマーとのビジネスには
いつこのような事件が起きるかわからないことを
知っておかないといけませんね
ドローンデビューしました

令和二年
ドローンデビューしました
二次元平面から
三次元空間へ
自分の視野を広げてくれる道具として
手に入れたいと思っていました
しかしながら
日本ではドローンの飛行について
さまざまな法律や条例による規制があって
なかなか飛ばせるところがありません
そんな中
昨年11月に機体の重量が200gを切った
超軽量ドローンが発売されました
機体重量が200g未満のドローンは
「航空法」の規制を受けなくなります
「航空法」以外にも
「小型無人機等飛行禁止法」
「道路交通法」
「民法」その他自治体の「条例」等々
守らなければならないことは
まだまだ多いのですが
それでも「航空法」による規制を
受けなくなるだけでも
相当自由度が広がります
道路の横断や
私有地の上空通過は
いろいろと問題が多いですが
海の上は
安全さえしっかり確保すれば
比較的自由に飛ばすことができそうです
稲村ガ崎〜七里ガ浜〜鵠沼海岸あたりから
美しい湘南の海を撮影してみたい・・・
まずは
何と言っても安全第一ですから
室内で練習を重ねて
洋上飛行にチャレンジしたいと
思っています
SE
周辺機器

このたび
我が家のMacを
買い換えました
先代は
もうかなり長いこと使っていて
最近ではレインボーカーソルが
ぐるぐる回りっぱなし
「このMacについて」を開いてみると

こんな感じでした
なんと
使い続けること12年
頑張って積んだつもりのメモリも
今みるとかなり苦しいレベル
HDDもパンパンで
スワップもままならない状態でした
ちょっと何かしただけで
虹色回転が止まらないのも当然ですね
MacをAppleストアで購入すると
CTOで色々カスタマイズができます
今回はHDDをSSDに換装
メモリは自分で積み増しした方が
かなりお安いので自力増設
CTOだと
長く使うことを口実にして
あれこれグレードアップしたくなって
ポチポチしているうちに
結構イイお値段になってしまいます
そこで
SSD以外のボタンは全てリセットして
浮いたお金を
先代とともに時代遅れとなった
もろもろの周辺機器の整備に
回すことにしました
これまで撮ってきた
写真データ保存に欠かせない
バックアップ用のストレージや
USBに繋がる機器の3.0化などなど
で
どんなモノがあるのだろうと
電器屋さんへ行ったところ
その隣の
楽器屋さんで
ある出会いがありました
そして
新しいMac周辺の機器として
楽器屋さんから連れてきたのが
コチラ

コロコロと
丸く乾いた音がして
かなり気に入っております
ケルヒャー
ラジオ

ラジオという
ゆるいメディアが好きです
テレビのように
視覚を拘束されないのがいい
最近は
もっぱらインターネットラジオに
お世話になっています
かつて”Pandora”という
音楽ストリーミングサービスがあって
好き嫌いをインプットしていくことで
自分の好みにあった楽曲を
中の人が解析して流してくれる
優れものでしたが
著作権か何かの関係で
日本では聴くことが
できなくなってしまいました
今では
“Spotify”がこれに近い感じかな
良さげなプレイリストを選んで
だらだらと聴いています
先日リビングに
グラスサウンドスピーカー
なる新兵器を投入してみました
ガラスを振動させて
高音部をクリアに鳴らす仕掛けになっていて
ろうそくのように
儚く揺れるあかりとともに
なかなかよい雰囲気を
醸しだしてくれています
ぐっと暖かくなってきて
でもまだちょっと海風は肌寒くて
そんな週末は
細身のガラス管が奏でる
ヴォーカリストの繊細な息づかいや
ギタリストのフィンガーノイズなどを
軽く味わいつつ
脱力モードでlistenしております
籐の背もたれ

結婚して
最初に買った家具
当時は函館に住んでいて
クルマで札幌まで遠征して
ホクレンの販売所のようなところで
一目惚れして買った記憶があります
今で言う
リビングダイニングセットみたいなもので
その椅子の
籐で編まれた背もたれの一部が切れて
そこからほつれてきてしまいました
もう四半世紀以上も前の製品で
今では籐を編む職人さんの数が
とても少なくなっているとのことで
だめもとで製造業者へ問い合わせたところ
「もちろん修理させてもらいます」との由
三週間ほどかかりましたが
きっちりと直って帰ってきました
ほつれた籐の背もたれだけでなく
これまでの生活でついた多くの小傷も
綺麗に磨き直されていました
ありがとうございました
写真機の記憶

いままで
勤続10年毎に
その時々を象徴するもの
思い出になりそうなものを
自分へのご褒美としてきました
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10年目は
Nikon F3
昭和55年(1975年)の製造開始から
20年間も販売され続けた超ロングセラー
日本が世界に誇る精密工業製品で
その信頼性の高さは
NASAのスペースシャトルにも
搭載されていたことからも窺われます
ジウジアーロの手による
美しすぎるデザインも魅力的でした
しかし当時すでに
写真もデジタル化が始まっていて
もうこれを超える銀塩写真機が
世に出ることはないだろうと確信し
銀塩写真文化の最後を飾る道具として
F3を手に入れることにしました
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20年目は
Nikon D3
写真はデジタル化が進行
デジタルカメラはクルマと並んで
日本を代表する工業製品に成長しました
心臓部であるセンサーの大型化や高密度化も進み
デジタルプリントが銀塩写真を超えるレベルになったら
自分でも手に入れてみようかなと思っていました
そしていよいよ平成19年(2007年)に
フルサイズ(フイルムと同じサイズ)の
大型センサーを搭載したD3が発売されました
その翌年
丁度勤続20年を迎え
映像を記録するメディアの主流が
銀塩からデジタルへ移行したことの礎として
D3を手にれることにしました
ーーーーーーーーーー
そして30年目
何にしようかずっと迷っていて
実は今年度
31年目に突入しても決められていませんでした
僕にとって30年目の意味ってなんだろう・・
会社では
30年目をもって
仕事の中身が第一線そのものから
第一線を支える役割へ変わりました
そして今まで
少しも振り返らなかった
少しも振り返る暇がなかった
これまでの自分の仕事ぶりや暮らしぶりを
少しは振り返るようになりました
そして今まで
少しも考えてこなかった
これから先の生き方を
これから先の生き延び方を
少しは考えるようにもなりました
そんな
行ったり来たりの思いを
これまでの写真機つながりで考えると
Nikon Df
ってのがよさそうかなと・・
Dfの外観は古典的で
僕が学生時代に使っていた写真機に
とても近い造りになっています
そして
昭和から平成に掛けて
自らが世に送り出してきた傑作機のパーツを
それぞれの時代へのオマージュとして
そのボデーの所々に散りばめるなど
Nikonという超真面目なメーカーにしては
すごく頑張った仕上がりになっています
一方で
一番大事なセンサーには
当時のフラッグシップ機のものを奢って
その時代の最先端をゆくのです
しかも
今時珍しい
Made in Japan
そして何よりも
僕にとって思い出深い
仙台の工場で作られています
そこで
30年目のご褒美は
僕らが育ってきた昭和
必死で駆け抜けてきた平成
そして
お世話になった
仙台へのオマージュとして
Nikon Df
にすることに決めました
けむらん亭、その後
オールド・セイコー

左は
僕が中学生になったお祝いに
初めて買ってもらった腕時計
当時腕時計なんて
大人の象徴みたいなモノだったから
普段使いはしてなくて
何か行事のあるハレの日に
気張ってはめていく感じだった
最初この時計には
黒い革のベルトが付いていて
デザインもすごく地味だったから
厨坊であった僕としては
なんとなくジジ臭いなぁと
内心思っていた
周囲は
デジアナやら
アナデジやら
喧しい時代で
そんなのをはめている友達が
正直少し羨ましかった
それでも
高校生くらいまでは
お世話になったかな
電車バスでの通学だったから
腕時計は必需品になり
コンプレックスだった黒革ベルトを
金属ベルトに替えて
毎日ガシガシ使っていた
大学生になると
バイト代とかで
安物の吊るしの時計くらいは
自力で買えるようになって
当時流行ったムーンフェイスとか
ちょっと洒落たヤツを
はめていたような気がする
その後
社会人になってからも
軽薄時計の時代が続いて
この時計は
僕の左腕から
遠ざかっていった
風防ガラスは傷だらけ
いつの間にか文字盤には
錆が浮くようになり
電池も替えずに
ずっと引き出しの奥で
止まったままだった
この時計が
再び陽の目を見たのは今年の春
鵠沼ベースに引っ越してきて
いろいろな持ち物を
断捨離していた時
お世話になった時計だし
数えてみれば
40周年を迎える
節目の年でもあるので
時計屋さんへ持って行って
診てもらうことにした
時計屋さん曰く
電池は取り替えておきましたと
中の機械は大丈夫ですと
でも
風防や文字盤の修理は無理ですと
もう部品が手に入りませんと
まあ
そうだよね・・・
今では
メカニカル(機械式)であることが
高級時計の条件みたいになってるけど
この時計を買ってもらった頃は
クォーツが出たばかりで
クォーツが偉かった
クォーツがなにしろ偉かった
この頃のクォーツは
秒針がインデックス(目盛り)の上で
ピシッと止まるような設計になっていて
その精確でキレのある潔い動作に
当時の少年はシビれたのでR
もう
あの感動は
蘇らないよね・・・
と思っていたところ
奇跡的に
この時計のデッドストックに
巡り会った
それが右
シリアルを見ると
左のモノよりも少し新しく
曜日カレンダーがついたり
改良が施されていて
もちろん秒針は
インデックスの上で
ピシッと止まる
件の黒革ベルトは
流石にボロボロになっていたので
速攻で明るい色の革ベルトに替えて
ぐっとイイ感じになった
40年前のモノとは思えない
ピカピカの新品
しかもプライスタグまで残っていて
当時の実家のキビシイ経済状況からすると
相当無理して買ってくれたことが
図らずも判明した
そしてもはや
このジジ臭かった時計よりも
これをつける僕の方が
ずっとジジ臭くなっていることは
言うまでもない
けむらん亭

我が鵠沼ベースでは
キッチンをIH化し
しかもグリルレス仕様としたため
お魚をいかにして焼くのかが
大きな懸案事項となっていました
これまでは
フライパンなどを使って
何とかしのいできたのですが
やっぱり何か違〜う!
そこで
巷の評判を頼りに
Panasonicさんのロースター
「けむらん亭」
をこの度導入いたしました。
やはり餅は餅屋、スバラシイ!!!
ふっくらとした焼き上がりで
しかも匂いも煙も出ない!
トリセツによれば
機械の中に巧みに仕組まれた
触媒が云々との由
国産家電はもはや衰退の感もあるところ
ホッケをふっくらと焼きあげるという
我が国の伝統的食卓文化においては
まだまだ最先端を走っているようであります^^




